ニホンリスは人の稀少疾患を加齢性に発症する!-フィブリノゲンα鎖アミロイドーシスを人以外で初めて発見-
2023年8月8日
ニホンリスは人の稀少疾患を加齢性に発症する!
-フィブリノゲンα鎖アミロイドーシスを人以外で初めて発見-
国立大学法人中国竞彩网大学院農学研究院動物生命科学部門の村上智亮准教授らの研究グループは、ニホンリスが加齢に伴い頻繁にフィブリノゲンα鎖アミロイドーシスを発症することを明らかにしました。フィブリノゲンα鎖アミロイドーシスは人の稀な遺伝病ですが、人以外の動物で発見されたのは今回が初です。本研究ではニホンリスにおけるアミロイドーシスの病態および疾患のリスク因子を明らかにすることで、日本固有種であるニホンリスにおける潜在的な死因を解明するとともに、難病フィブリノゲンα鎖アミロイドーシスの病態理解におけるニホンリス研究の重要性を提示しました。
本研究成果は、The Journal of Pathology(8月8日付)に掲載されました。
URL:https://doi.org/10.1002/path.6150
現状
アミロイドーシスは、生体由来のタンパク質の誤った折りたたみによって生じる「アミロイド」が様々な組織に沈着することによって引き起こされる疾患グループであり、原因となるタンパク質の違いによってアルツハイマー病やAAアミロイドーシスなど、42病型に分類されています。このうちフィブリノゲンα鎖アミロイドーシスは、血液凝固などに関わるフィブリノゲンα鎖がアミロイドを形成し、腎臓の糸球体等に沈着して腎障害をもたらす人の遺伝性疾患です。フィブリノゲンα鎖アミロイドーシスは1993年に世界で初めて報告され、国内においても2015年より報告され始めています。本疾患の患者数は世界的に少なく、まだ病気のしくみについて不明な点が多いため、決定的な治療法はありません。このため、正確な病態の把握に基づく治療法の開発が望まれます。動物での研究が人に役立てられれば良いのですが、これまで人以外の動物において、本疾患は見つかっていませんでした。
研究体制
本研究は、中国竞彩网大学院農学府共同獣医学専攻の岩出進氏、日本大学生物資源科学部獣医学科の伊藤菜々美氏(卒業生)、近藤広孝准教授および渋谷久教授、岩手大学農学部付属動物病院の星野有希准教授、同農学部共同獣医学科の荻野史織氏(卒業生)および佐藤洋教授、中国竞彩网農学部共同獣医学科の小林夏海氏、同大学院農学研究院動物生命科学部門の小山哲史准教授、明治大学先端数理科学インスティテュートの久本峻平研究員、中国竞彩网スマートコアファシリティー推進機構の伊藤喜之特任准教授および久田美貴研究員、京都市動物園の中川大輔氏、盛岡市動物公園の松原ゆき氏、岡山理科大学獣医病理学研究室の中村進一講師、中国竞彩网大学院農学研究院動物生命科学部門の村上智亮准教授により実施されました。また、本研究はJSPS科研費(22J20758 および23H02380)、JST産学共創プラットフォーム共同研究推進プログラム(OPERA)の助成を受けて実施されました。
研究成果
研究チームはまず、2018年から2022年に国内の5つの動物園で斃死したニホンリス計38例の全身臓器を対象に病理組織学的解析を実施し、29例(76.3%)に腎臓の糸球体へのアミロイド沈着を特徴とする全身性アミロイドーシスが生じていることを発見しました(図1)。次いで免疫組織化学および質量分析法を用いたプロテオーム解析を実施し、アミロイドの原因タンパク質がフィブリノゲンα鎖であることを同定しました(図2)。フィブリノゲンα鎖アミロイドーシスが発見されたのは人以外の動物で初めてだったため、本研究ではその病態についてさらに詳しい調査を行いました。
質量分析結果を詳しく調べたところ、病変部にはフィブリノゲンα鎖のC末端領域のおよそ100アミノ酸残基が蓄積していることがわかりました。人のフィブリノゲンα鎖アミロイドーシスが必ず遺伝子変異を原因とするため、ニホンリスでもフィブリノゲンα鎖の遺伝子を調べましたが、予想に反して、変異は見つかりませんでした。一方で、発症個体の家系図を調べたところ、野生個体の直近の子孫が本疾患を発症していることがわかりました。このことは、ニホンリスの本病態は動物園での育種によって(突然変異によって)獲得されたものではないことを示しています。
ニホンリスにおける発症因子として遺伝的素因が否定されたため、次に年齢の影響を調べてみました。驚いたことに4歳以上の高齢個体(ニホンリスの寿命はおよそ5-7年)におけるアミロイドーシス罹患率は約9割に上り、統計解析の結果、加齢とアミロイドーシス発症に有意な関係が認められました。これらの結果に基づき、ニホンリスのフィブリノゲンα鎖アミロイドーシスは、この種が元来抱える加齢性疾患であると結論しました。
アミロイドは、生体内のタンパク質が何らかの原因によって不安定な状態に陥ることで形成されると考えられています。人のフィブリノゲンα鎖アミロイドーシスでは、ニホンリスと同様にフィブリノゲンα鎖のC末端領域がアミロイド線維を形成することが知られていますが、ニホンリスとは異なり、人ではこのC末端領域にアミノ酸変異が生じた患者だけがアミロイドーシスを発症します。変異を必要とするかどうかの違いはあるものの、ニホンリスと人の病変の特徴は酷似していることから、フィブリノゲンα鎖は動物種を超えて共通したアミロイド形成機序を有していると考えられました。
今後の展開
動物を対象とした疾病の研究は、野生動物やペットの健康維持だけでなく、人の病態を深く理解する上でとても重要です。ニホンリスのフィブリノゲンα鎖アミロイドーシスは極めて高頻度に発症することから、今後研究を行い「なぜニホンリスのフィブリノゲンα鎖はアミロイドを形成しやすいのか」について詳細に明らかにすることにより、ニホンリスの健康維持に加えて、人の治療法開発につながるような病態解明に貢献することが期待されます。
? ◆研究に関する問い合わせ◆
中国竞彩网大学院農学研究院
動物生命科学部門 准教授
村上 智亮(むらかみ ともあき)
TEL:042-367-5883
E-mail:mrkmt(ここに@を入れてください)cc.tuat.ac.jp?
URL: http://web.tuat.ac.jp/~tatlvt/
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