標的タンパク質探索への新しいアプローチの開発~1ステップで活性分子を導入可能な金ナノ粒子プローブ~
標的タンパク質探索への新しいアプローチの開発
~1ステップで活性分子を導入可能な金ナノ粒子プローブ~
国立大学法人中国竞彩网大学院工学研究院生命機能科学部門の櫻井香里准教授と同大学大学院生森かん菜氏は、金ナノ粒子 (注1) を用いて、生理活性分子からその分子の標的タンパク質 (注2) を見つけるための探索プローブを簡便に合成する技術を開発しました。本技術は、様々な生理活性分子のプローブ合成や標的タンパク質同定を加速でき、生理活性分子の新たな作用機構解明へ応用できます。
本研究成果は、Organic & Biomolecular Chemistry誌の掲載に先立ち、12月18日にWEBで公開されました。
論文名:Clickable gold-nanoparticles as generic probe precursors for facile photoaffinity labeling application
URL:https://doi.org/10.1039/D0OB01688H
現状
医薬品は、特定の標的タンパク質に作用することで薬効を発揮しています。医薬品の開発では、生理活性分子の標的となるタンパク質をあらかじめ明らかにすることが不可欠です。標的タンパク質の同定には、一般にアフィニティークロマトグラフィーという手法が用いられています。この手法では、ポリマーから成るビーズ状担体に活性分子を固定化し、そこへ細胞から抽出したタンパク質溶液を流すと、活性分子に標的タンパク質が結合してビーズ上に保持されることを利用して精製します。しかし親和性の弱い標的タンパク質はビーズ上に保持されにくく、一方細胞中に多く含まれるタンパク質はビーズに非特異的に吸着しやすいため、活性分子と結合している真の標的タンパク質の特定が困難です。さらに、化合物のビーズへの固定化が簡単ではないことや、固定化後の活性の確認ができない点なども技術的なハードルとなっています。
そこで私たちは、金ナノ粒子を基盤として、簡便な工程で活性分子を固定化でき、標的探索を容易にする探索プローブの開発に取り組んできました。金ナノ粒子表面には、チオール基で誘導化した活性分子とその他分子を任意の混合比で高密度に修飾できます。生理活性分子を高密度で提示することで、タンパク質との親和性?反応性を向上できます。さらに金ナノ粒子は細胞に含まれる分子よりも比重が高いため、遠心分離によって簡単に標的タンパク質を精製可能です。私たちはこのような金ナノ粒子のユニークな特長を利用して、生理活性分子と共に、光照射下でタンパク質を架橋する光反応基を金ナノ粒子上に提示したフォトアフィニティープローブを作成し、低親和性の標的タンパク質を捕捉できることを示しました。
研究体制
本研究は、大学院工学研究院生命機能科学部門の櫻井香里准教授と大学院工学府生命工学専攻の森かん菜らによって実施されました。本研究はJSPS科研費基盤研究C(18K05331)および基盤研究S(17H06110), 研究拠点形成事業「協調型アジアケミカルバイオロジー拠点」の助成を受けたものです。
研究成果
本研究では、一般的なプローブの土台として1ステップで生理活性分子を付け替え可能なclickable(click反応可能な)金ナノ粒子プローブを開発しました。click反応とは、アジド基とアルキン基が1,3-双極子環化付加によりトリアゾール環を形成する反応です。この反応は非常に効率的?選択的に起こることが知られており、ケミカルバイオロジー分野で広く用いられています。clickable金ナノ粒子プローブにはclick反応の足場となるアジド基や光反応基の他に、スペーサー基を導入して反応性と水中での安定性を付与しました。また、金ナノ粒子上のアジド基に任意のアルキン誘導体化生理活性分子をカップリングする反応条件を確立しました。作成したプローブを用いて、緑内障に関連する既知標的タンパク質であるhuman carbonic anhydrase II (hCAII, 細胞内発現量200 ppm程度
(注3)
) を濃縮精製することができました。また、コレステロールを導入した金ナノ粒子プローブにおいては、脂質輸送に関与し、細胞内発現量が比較的少ない(80 ppm程度,
注3
)膜局在タンパク質であるoxysterol- binding protein (OSBP) を捕捉することができました。これは従来の手法では困難であった、細胞に内在するOSBPを細胞溶解液中からフォトアフィニティーラベリング(光架橋反応)によって濃縮精製した初めての例です。
今後の展開
本研究で開発されたclickable金ナノ粒子プローブは、クリック反応の足場材料として使用できるため、様々なアルキン誘導化生理活性分子を迅速に導入し、その標的タンパク質を同定することが可能になります。従来法では、発現量が低いタンパク質や低親和性タンパク質、膜タンパク質を標的分子として同定することが困難ですが、本技術はそのようなケースにおいても有効であることが期待されます。生理活性分子や医薬品分子は細胞内で様々なタンパク質と相互作用することが知られ、それらの一部 (オフターゲットタンパク質) が副作用に繋がることがあります。本技術は、生理作用を引き起こす標的タンパク質以外のオフターゲットタンパク質を確認する方法としても応用できます。今後、天然物などの希少な生理活性分子をclickable金ナノ粒子プローブに導入し、解析することで標的タンパク質同定を行います。それにより、生理活性分子の新たな作用機構を解明し、医薬分野の発展へ貢献できます。また、様々な生理活性分子を導入することで、機能未知の膜タンパク質や受容体の精製?探索への応用も期待できます。
用語解説
注1)
金ナノ粒子
金原子からなり、粒子径が1~100ナノメートル程度のサイズの球状の粒子。
注2)
標的タンパク質
生理活性分子が結合するタンパク質であり、その薬理作用メカニズムの起点として重要な役割をもつ。
注3)
Protein Abundance Database(PAXdb)による参考値(https://pax-db.org)。
◆研究に関する問い合わせ◆
中国竞彩网大学院工学研究院
生命機能科学部門 准教授
櫻井 香里(さくらい かおり)
TEL/FAX:042-388-7374
E-mail:sakuraik(ここに@を入れてください)cc.tuat.ac.jp
?